カオナシが存在する意味は拝金主義の批判 カオナシの正体は「金をむさぼる欲望の現れ」とお伝えしましたが、そのカオナシはそれまで誰にも相手にされない寂しい存在でした。
17確かな自己・人としての土台がなければどれほどの栄養を得ても成長することはできない。 この先に、社会の根本的な改善があると、僕は思っています。 そこへ、無個性のカオナシの登場です。
13人間の業の深さによって生み出された実態のない金は、いつしかはじけて我々に重責としてのしかかるというところまで、綺麗に描かれている。 疑わずに、バクバク食べる 千尋の両親 =情報の鵜呑みということです。 宮崎駿監督に、「この解釈どうですか」と聞いてみたいです! 「ぜんぜん違う!」 と、おっしゃるかもしれませんね(笑) とはいえ、 ここまで深く考えさせる映画をお作りになられた 宮崎駿は、まさに天才だと思います! 長文になってしまいましたが、 読んで下さり、ありがとうございました! この記事を気に入って下さった方、ぜひ、トップページから他の記事も読んでみて下さい。
4千と千尋の神隠しを見たことがない方はネタバレになってしまいますので、いつかやるであろう金曜ロードショージブリ祭りをしばし待たれよ。
だからカオナシは顔を隠し、自分の声で話すことができないのです。 単純に、soraさんが、soraさんを生きる事です。 しかし、千がその言葉を拒否すると 嫌だ 嫌だ・・・ 寂しい 寂しい・・・ 千欲しい 千欲しい・・・ とうろたえながら、今度は金を差し出して 欲しがれ 取れ!取れ! と千に近寄りますが、それでも千は拒否し、私を食べる代わりにこれを食べてと川の主からもらった団子をカオナシに食べさせるのでした。
8カオナシ女性バージョンだと面の模様が変わったりするのでしょうか。 しかし、この両者が両立しないという状況は、存在します。 親は変わらないかもしれないが、子供は親の知らないところで、どんどんと成長しているのである。
14逆に、欲を優先し、「もらう事」を優先しても、何も世の中に残すことは出来ないのです。 カオナシは自分という存在を理解しようとしてくれる、心に触れようとしてくれる、自分を対等に考えて気にかけてくれる、そんな千尋にとっても惹かれたんだろうなと思います。
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